今日、Threadsにこんなことを書いた。
「もともとあるものでも、呼び名を変え、アプローチ先を変えるだけで新たな市場が生まれる。」
これ、本当にそうだと思う。
“同じもの”でも、名前が変わると価値が変わる
例えば、
「古着」って言葉は昔は“お下がり”のイメージが強かった。
でも今はどうだろう。
呼び名が変わった瞬間、
“価値のあるもの”に変わった。
同じ服なのに、だ。
衣装の世界でも同じことが起きている
僕の仕事もそう。
「衣装屋です」と言うと、
“舞台の人が頼むもの”
“特別な人が着るもの”
そんなイメージがつきやすい。
でも、
- 医療サポートウェア
- リハビリ・フレンドリーウェア
- パフォーマンス・アシストウェア
こう呼ぶだけで、
届く相手が変わる。
実際、病院用のオーダーパンツだって、
「病院で困らないパンツ」と呼ぶより、
“メディカル・アシストパンツ”
と呼んだ方が、
必要としている人に届きやすい。
先日のブログでも書いたのがきっかけでこの発想に至ったのだ。
市場は「新しいもの」より「新しい意味」を求めている
成熟社会になるほど、
人は“新しいもの”より“新しい意味”を求める。
だから、
これを変えるだけで、
市場がスッと動くことがある。
僕が作ってきたものは、
実はずっと前から価値があった。
ただ、
“誰に向けての価値なのか”
“どんな名前で呼ぶべきなのか”
そこを変えるだけで、
新しいお客さんが現れる。そんな確信を持つことができた。
この僕の仕事に限らず、いつも社会のニーズってどういう意味があるもの、ことに
反応するのだろうとアンテナを立てておくといい。
ものづくりは、名前づくりでもある
作るだけじゃなくて、
“どう呼ぶか”まで含めてものづくり。
名前は、商品の第一印象であり、
市場への入口でもある。
だからこそ、
呼び名を変えるだけで、
未来が変わることがある。
今日の気づきは、
そんなシンプルで大きな話。
ポンコツなりに、
またひとつ学んだ気がする。
Defcom-Blog
今日、Threadsにこんなことを書いた。 「もともとあるものでも、呼び名を変え、アプローチ先を変えるだけで新たな市場が生まれる。」 これ、本当にそうだと思う。 “同じもの”でも、名前が変わると価値が変わる 例えば、 「古着」って言葉は昔は“お下がり”のイメージが強かった。 でも今はどうだろう。 呼び名が変わった瞬間、 “価値のあるもの”に変わった。 同じ服なのに、だ。 衣装の世界でも同じことが起きている 僕の仕事もそう。 「衣装屋です」と言うと、 “舞台の人が頼むもの” “特別な人が着るもの” そんなイメージがつきやすい。 でも、 こう呼ぶだけで、 届く相手が変わる。 実際、病院用のオーダーパンツだって、 「病院で困らないパンツ」と呼ぶより、 “メディカル・アシストパンツ” と呼んだ方が、 必要としている人に届きやすい。 先日のブログでも書いたのがきっかけでこの発想に至ったのだ。 市場は「新しいもの」より「新しい意味」を求めている 成熟社会になるほど、 人は“新しいもの”より“新しい意味”を求める。 だから、 これを変えるだけで、 市場がスッと動くことがある。 僕が作ってきたものは、 実はずっと前から価値があった。 ただ、 “誰に向けての価値なのか” “どんな名前で呼ぶべきなのか” そこを変えるだけで、 新しいお客さんが現れる。そんな確信を持つことができた。 この僕の仕事に限らず、いつも社会のニーズってどういう意味があるもの、ことに 反応するのだろうとアンテナを立てておくといい。 ものづくりは、名前づくりでもある 作るだけじゃなくて、 “どう呼ぶか”まで含めてものづくり。 名前は、商品の第一印象であり、 市場への入口でもある。 だからこそ、 呼び名を変えるだけで、 未来が変わることがある。 今日の気づきは、 そんなシンプルで大きな話。 ポンコツなりに、 またひとつ学んだ気がする。 Threadsでもゆるくつぶやいています。よかったら、つながりませんか? Threadsのプロフィールを
衣装づくりの仕事をしていると、 華やかなステージの裏側だけじゃなくて、 日常の中の“困った”に寄り添う瞬間がある。 今日は、そんなお話をひとつ。 フィギュアスケート衣装をオーダーしてくれる親御さん フィギュアスケートの衣装をオーダーしてくれる親御さんたちは、 本当に温かい。 「この子がリンクで自信を持てるように」 「大会で悔いなく滑れるように」 そんな思いを、布とラインストーンに託してくれる。 衣装はただの衣装じゃなくて、 親子の願いが詰まった“お守り”みたいな存在になる。 そんな気持ちを受け取るたびに、 作り手として背筋が伸びる。 そしてもうひとつのオーダー。病院に通うためのパンツ ある日、いつも衣装のご相談や僕の展示会などに足を運んでくれるお客様からこんな相談をいただいた。 「足が悪くて定期通院しているんですが、 病院で使えるパンツって、なかなか無いんです」 レントゲンやCT、MRI。 どれも金属がNG。 プリントもNG。 太ももまでめくりやすいことも大事。 さらに、腰を悪くした時はコルセットを巻くから、 普通のパンツだと入らない。 外側に巻けばマジックテープが服にくっつく。 手や腕を怪我していると、 ファスナーもボタンも紐も難しい。 病院に着いたら、スウェットパンツなどに履き替えるのも大変。 とはいえ、これらの服で移動す流のは、ちょっと。。。 「病院服みたいに見えないものがいいんです」 「でも、全部の条件を満たすものがないんです」 その言葉を聞いた時、 “これは作る意味がある”と強く思った。 条件は、金属ゼロ。裾がめくりやすくて、履きやすくて、生活に馴染むこと 条件はシンプルだけど、難しい。 ひとつひとつの条件の裏に、 その人の生活がある。 だから、丁寧に形にしていった。 そして届いた、お客様からのメッセージ 完成してお渡ししたあと、 お客様からこんなメッセージをいただいた。 いつもありがとうございます。病院用の服って、中々ないので助かります。困っている方は多いと思いますよ。レントゲン、MRIなどは金属がNGで
エンタメの世界って、どんどん進化している。バーチャル空間でもライブができるし、空想世界の芸能や芸術が、スマホひとつで楽しめる時代になった。 正直、すごい時代だと思う。距離も時間も関係なく、誰でもアクセスできる。エンタメが“身近になった”という意味では、本当に革命的。 でも、それでもやっぱり思う。 人はリアルで体験するエンタメに、心を揺さぶられる。 心が動くのは、リアルの空気があるから ステージの照明の熱。会場のざわめき。演者の息づかい。衣装が光を受けて動く瞬間。 あの空気感は、バーチャルでは完全には再現できない。癒されたり、高揚したり、涙が出たり。そういう“心の揺れ”は、リアルだからこそ起きる。 だから思う。 リアルは、不可欠。 そのリアルを支えるのが、衣装という存在 ステージに立つ人が輝くために、衣装はただの飾りじゃなくて“リアルを支える道具”になる。 動きやすさ、光の反射、シルエット、素材の温度。全部がその人のパフォーマンスに影響する。 衣装が変わると、その人の気持ちも変わる。立ち姿も変わる。表現の幅も変わる。 だから衣装づくりは、エンタメの裏側でリアルを支える大事な仕事なんだと思う。 技術を進化させて、後世に残すという意識 バーチャルが進化しても、リアルの衣装づくりはなくならない。 むしろ、リアルの価値が見直されるほど、衣装の存在意義は大きくなる。 だからこそ最近、技術を進化させて後世に残すことを意識し始めた。 作るという行為そのものを、もう一度ちゃんと評価したい。 誰かの人生の一瞬を支える衣装を、これからも作り続けたい。 僕と繋がりませんか?
Threadsでもゆるくつぶやいています。よかったら、つながりませんか? Threadsのプロフィールを見る Follow me! @defhiro_stf
最近、「成熟社会ってこういうことなんだろうな」と思う瞬間が増えてきた。そのひとつが、確かな一点ものを作ろうという気づき。 大量生産の時代を通り過ぎて、“ものの背景”や“時間の積み重ね”に価値を感じる人が増えている。 古着のニーズが高まっているのも、きっと同じ理由だと思う。 そんなことを考えていた矢先、先日お伺いしたお客様が見せてくれた“ボタンの缶”が、妙に心に残った。 ボタンを捨てずに集めるお母さんの姿 「オーダーした衣装のボタンも、この中から探したいんです」 そう言って見せてくれた缶の中には、色も形もバラバラのボタンがぎっしり。 その光景が、子どもの頃の祖母や母親と重なった。 あの頃は、ものが今ほど豊富じゃなかった時代。服を捨てる前に必ずボタンだけ外して、クッキーの缶に集めていた。 「いつか何かに使えるかもしれないから」そんな言葉をよく聞いた気がする。 ものが余る時代に戻ってきた“価値観” 今は、壊れたら買い替えるのが当たり前の時代。ものは溢れ、選択肢も無限にある。 でも、あのお母さんのボタンの缶を見て思った。 “ものを大切にする感覚”は、ちゃんと残っている。 そしてそれは、古着が求められる理由ともつながっている。 成熟した社会では、新品よりも「物語のあるもの」大量生産よりも「誰かが大切にしてきたもの」そこに価値が生まれる。 だからこそ、確かな一点ものを作りたい ボタンを集める姿も、古着を選ぶ人の感性も、全部ひとつの方向を向いている。 “ものの背景にある時間”を大切にするということ。 だからこそ、自分も確かな一点ものを作りたいと思う。 ただ作るだけじゃなくて、誰かの記憶に残るような、時間が積み重なっていくようなものを。 ポンコツなりに、今日もそんなことを考えている。 僕と繋がりませんか? Threadsでもゆるくつぶやいています。よかったら、つながりませんか? Threadsのプロフィールを見る Follow me! @defhiro_stf
今朝ふと「因果応報」という言葉が降ってきた。 なんでだろうと思ったけど、たぶん今の自分の状況とつながっている。 ビジネスがうまく回らない理由って、 もしかしたら“今”じゃなくて“過去”にあるんじゃないか。 そんな気がした。 去年、自分は何をしていた? その前の年は? 振り返ってみると、胸を張れるほど動いていたわけじゃない。 だから今の結果は、ある意味で当然なのかもしれない。 これが因果応報なんだろうなと、ちょっと思った。 半年前から真剣にブログを書き始めたのは、未来の“因”を変えるため そんな中で、半年前から真剣にブログを書き始めた。 自分を変えたくて、何かを積み重ねたくて。 効果が出ているかどうかは正直まだわからない。 でも、 未来の“果”を変えるために“因”を変え始めた という実感はある。 ブログって、ただの文章じゃなくて、 自分を戒めるための資材にもなる。 過去の自分を残しておくことで、 「あの頃よりは前に進んでるな」って確認できる。 だから続けている。 自分の感性を信じすぎないのも、その延長線上にある 最近よく思うのは、 ビジネスをやるなら、自分の感性を過信しない方がいい ということ。 クリエイターってどうしても 「自分のセンスが正しい」と思い込みがち。 でもビジネスは市場との対話だから、 感性だけで突っ走るとズレる。 最近ブログにしてみた。興味があればどうぞ だからまずは、 世の中で何が成立しているのかを知る。 コピーできるくらい理解する。 その上で、自分の工夫を入れる。 この考え方も、 “過去の自分への反省”から生まれたものなんだと思う。 偉そうに成功者みたいなブログは書けない よくある「成功者の語り」みたいなブログは、 今の自分には書けない。 だって、まだ成功してないから。 まだ途中だから。 でも、 途中の人の言葉って、実は一番リアルで価値がある。 うまくいってない時期の気づきや反省って、 後から振り返ると宝になる。 だから今