最近、「成熟社会ってこういうことなんだろうな」と思う瞬間が増えてきた。
そのひとつが、確かな一点ものを作ろうという気づき。
大量生産の時代を通り過ぎて、
“ものの背景”や“時間の積み重ね”に価値を感じる人が増えている。
古着のニーズが高まっているのも、きっと同じ理由だと思う。
そんなことを考えていた矢先、先日お伺いしたお客様が見せてくれた“ボタンの缶”が、妙に心に残った。
ボタンを捨てずに集めるお母さんの姿
「オーダーした衣装のボタンも、この中から探したいんです」
そう言って見せてくれた缶の中には、
色も形もバラバラのボタンがぎっしり。
その光景が、子どもの頃の祖母や母親と重なった。
あの頃は、ものが今ほど豊富じゃなかった時代。
服を捨てる前に必ずボタンだけ外して、
クッキーの缶に集めていた。
「いつか何かに使えるかもしれないから」
そんな言葉をよく聞いた気がする。
ものが余る時代に戻ってきた“価値観”
今は、壊れたら買い替えるのが当たり前の時代。
ものは溢れ、選択肢も無限にある。
でも、あのお母さんのボタンの缶を見て思った。
“ものを大切にする感覚”は、ちゃんと残っている。
そしてそれは、
古着が求められる理由ともつながっている。
成熟した社会では、
新品よりも「物語のあるもの」
大量生産よりも「誰かが大切にしてきたもの」
そこに価値が生まれる。
だからこそ、確かな一点ものを作りたい
ボタンを集める姿も、
古着を選ぶ人の感性も、
全部ひとつの方向を向いている。
“ものの背景にある時間”を大切にするということ。
だからこそ、
自分も確かな一点ものを作りたいと思う。
ただ作るだけじゃなくて、
誰かの記憶に残るような、
時間が積み重なっていくようなものを。
ポンコツなりに、今日もそんなことを考えている。
Defcom-Blog
最近、「成熟社会ってこういうことなんだろうな」と思う瞬間が増えてきた。そのひとつが、確かな一点ものを作ろうという気づき。 大量生産の時代を通り過ぎて、“ものの背景”や“時間の積み重ね”に価値を感じる人が増えている。 古着のニーズが高まっているのも、きっと同じ理由だと思う。 そんなことを考えていた矢先、先日お伺いしたお客様が見せてくれた“ボタンの缶”が、妙に心に残った。 ボタンを捨てずに集めるお母さんの姿 「オーダーした衣装のボタンも、この中から探したいんです」 そう言って見せてくれた缶の中には、色も形もバラバラのボタンがぎっしり。 その光景が、子どもの頃の祖母や母親と重なった。 あの頃は、ものが今ほど豊富じゃなかった時代。服を捨てる前に必ずボタンだけ外して、クッキーの缶に集めていた。 「いつか何かに使えるかもしれないから」そんな言葉をよく聞いた気がする。 ものが余る時代に戻ってきた“価値観” 今は、壊れたら買い替えるのが当たり前の時代。ものは溢れ、選択肢も無限にある。 でも、あのお母さんのボタンの缶を見て思った。 “ものを大切にする感覚”は、ちゃんと残っている。 そしてそれは、古着が求められる理由ともつながっている。 成熟した社会では、新品よりも「物語のあるもの」大量生産よりも「誰かが大切にしてきたもの」そこに価値が生まれる。 だからこそ、確かな一点ものを作りたい ボタンを集める姿も、古着を選ぶ人の感性も、全部ひとつの方向を向いている。 “ものの背景にある時間”を大切にするということ。 だからこそ、自分も確かな一点ものを作りたいと思う。 ただ作るだけじゃなくて、誰かの記憶に残るような、時間が積み重なっていくようなものを。 ポンコツなりに、今日もそんなことを考えている。 僕と繋がりませんか? Threadsでもゆるくつぶやいています。よかったら、つながりませんか? Threadsのプロフィールを見る Follow me! @defhiro_stf
今朝ふと「因果応報」という言葉が降ってきた。 なんでだろうと思ったけど、たぶん今の自分の状況とつながっている。 ビジネスがうまく回らない理由って、 もしかしたら“今”じゃなくて“過去”にあるんじゃないか。 そんな気がした。 去年、自分は何をしていた? その前の年は? 振り返ってみると、胸を張れるほど動いていたわけじゃない。 だから今の結果は、ある意味で当然なのかもしれない。 これが因果応報なんだろうなと、ちょっと思った。 半年前から真剣にブログを書き始めたのは、未来の“因”を変えるため そんな中で、半年前から真剣にブログを書き始めた。 自分を変えたくて、何かを積み重ねたくて。 効果が出ているかどうかは正直まだわからない。 でも、 未来の“果”を変えるために“因”を変え始めた という実感はある。 ブログって、ただの文章じゃなくて、 自分を戒めるための資材にもなる。 過去の自分を残しておくことで、 「あの頃よりは前に進んでるな」って確認できる。 だから続けている。 自分の感性を信じすぎないのも、その延長線上にある 最近よく思うのは、 ビジネスをやるなら、自分の感性を過信しない方がいい ということ。 クリエイターってどうしても 「自分のセンスが正しい」と思い込みがち。 でもビジネスは市場との対話だから、 感性だけで突っ走るとズレる。 最近ブログにしてみた。興味があればどうぞ だからまずは、 世の中で何が成立しているのかを知る。 コピーできるくらい理解する。 その上で、自分の工夫を入れる。 この考え方も、 “過去の自分への反省”から生まれたものなんだと思う。 偉そうに成功者みたいなブログは書けない よくある「成功者の語り」みたいなブログは、 今の自分には書けない。 だって、まだ成功してないから。 まだ途中だから。 でも、 途中の人の言葉って、実は一番リアルで価値がある。 うまくいってない時期の気づきや反省って、 後から振り返ると宝になる。 だから今
最近よく思うことがある。 ビジネスをやるなら、自分の感性をあんまり信用しない方がいい。 クリエイターって、どうしても自分のセンスを信じがちだ。 「これが良い」「これが正しい」 そんなふうに思い込んでしまう。 でもビジネスは、 市場が求めているもの × 自分の技術 で成立する。 だからまずは、 世の中でどんなものがビジネスとして成立しているのかを知る必要がある。 まずは“コピーできるくらい知る”ことから始まる いきなりオリジナルを作ろうとすると、 大体ズレる。 まずは、 「なぜそれが売れているのか」 「どんな構造で成立しているのか」 を理解する。 コピーできるくらい知るというのは、 “型を身につける”ということ。 職人の世界でも同じで、 型を知らないと崩し方もわからない。 そこに自分の工夫を入れるのが“独自性”になる 市場を理解した上で、 そこに自分の工夫を少しずつ入れていく。 この順番が大事なんだと思う。 最初から全部オリジナルで勝負しようとすると、 ただの自己満足で終わってしまう。 でも、 市場を理解した上でのオリジナルは強い。 この考え方は、自分への戒めでもある 実はこの考え方、 自分への戒めでもある。 過去の自分は、 「自分の感性が正しい」と思い込んでいた。 でもそれがビジネスを遠回りさせていた気がする。 だから今は、 自分の感性を“少し疑う”ようにしている。 その上で、 市場を見て、 学んで、 理解して、 そこに自分の色を足していく。 そんなふうに考えるようになった。ようやくだ(笑) 偉そうに成功者みたいなブログは書けない 正直、 「成功者の語り」みたいなブログはまだ書けない。 だって、まだ途中だから。 まだうまくいってるとは言えないから。 でも、 途中の人の言葉って、実は一番リアルで価値がある。 だから今日も、 ポンコツなりに、 気づいたことをゆるく書いていく。 これも
今日は、会社の検索キーワードについてゆるく書いてみたい。 うちの会社名は Lust(ラスト)アドレスが「lust.co.jp」。 で、最近ふと気づいたんだけど、 「lust.co」って検索すると一番上に出てくる。 でも「lust」だけだとまったく出てこない。 まぁ、そりゃそうだよね。 “lust”って英語圏では超ビッグワードで、 辞書サイトやWikipediaみたいな巨大サイトが並んでいる。 個人の会社が勝てるわけがない。 これはもう、仕方ない。 でも逆に言えば、 「lust.co」とセットで検索されると一発で出てくる。 これはGoogleが「この人は特定のサイトを探してるな」と判断してくれている証拠らしい。 つまり、 ブランド名は単体で勝とうとしなくていい。 “lust.co”という形で覚えてもらえれば十分。 そんな当たり前のことに、今さら気づいた。 「lust衣装」「lust札幌」「lustコスチューム」でもヒットするようになってきた さらに最近は、 こういう複合ワードでもちゃんと検索に出てくるようになった。 これは、毎日とは言えないけど、 ブログを書いたりSNSで発信してきた積み重ねのおかげだと思う。 Googleが少しずつ 「lust.co=衣装の人」 と認識し始めている感じがする。 こういう小さな変化が、ひとり社長には嬉しい。 海外からの流入も考えていきたい で、ここからが今日の本題。 国内の検索はだいぶ良い感じになってきたけど、 これからは 海外からの流入 も意識したい。 “lust” は海外では超ビッグワードだから、 単体で勝つのは無理。 でも逆に、 「lust costume」「lust dance costume」「lust.co japan」 みたいな複合ワードなら拾える可能性がある。 だからこれからは、 ブログの中にちょっとだけ英語を混ぜたり、 海外の人が検索しそうな単語を自然に入れていこうと思う。 たとえば、 こういう言葉を、無理なく文章に散りばめていく。 海外向けにガッツリ書く
もう2年ほどお休みしているポップアップショップ。 ネットサーフィンをしていたら、地元でもいろんなイベントが開催されているようで、なんだか良いなと思った。 リアルにお客さんと対話して、 自分の作ったものへの反応を“ライブ”で知れる。 あの空気感はやっぱり特別だ。 今日は、これまでポップアップショップをやってきた中で、 「これは良くなかったな」と思う点をいくつか挙げてみたい。 クリエイターは“自分のセンスを過信しがち” これはクリエイターあるあるだと思うけど、 自分の技術やセンスを過信してしまう。 僕もそうだった。 一枚でも多く、 少しでもバリエーションを増やそうとして、 徹夜してでも作り続ける。 ポップアップショップって、 クリエイターにとってはちょっとした“お祭り”みたいなもの。 普段はアトリエにこもって黙々と作業しているから、 外の世界に出るだけでテンションが上がる。 そして、 「これだけ良いものを作れば、きっと誰か買うだろう」 そんな過信が足元をすくう。 いちばん大事なのは“集客” 買う側の視点で俯瞰してみると、 まず大事なのは そのイベントに足を運んでもらえるかどうか。 どれだけ良い商品を作っても、 人が来なければ売れる確率は限りなくゼロに近い。 だから本当は、 いかに興味を持ってもらうか いかにイベントに来てもらうか ここに全力を注ぐべきなんだと思う。 商品は7〜8割の力でも十分通用する。 クリエイターはこれまでの経験で、 “売り物にならないもの”なんてほぼ作らない。 だからこそ、 力を入れるべきは ブランドや商品を知ってもらうこと。 ファンが増えれば、 口コミが自然と広がっていく。 でも最初は、 やっぱり“集客の努力”が必要。 商品がもたらす喜びを伝えられたら最強 「この商品は、あなたの生活にどんな喜びをもたらすのか」 ここまで伝えられたら本当は理想。 ひとりで全部やるのは大変だけど、 もしパートナーがいたら手分けしてやるの
僕と繋がりませんか?