エンタメの世界って、どんどん進化している。
バーチャル空間でもライブができるし、
空想世界の芸能や芸術が、スマホひとつで楽しめる時代になった。
正直、すごい時代だと思う。
距離も時間も関係なく、誰でもアクセスできる。
エンタメが“身近になった”という意味では、本当に革命的。
でも、それでもやっぱり思う。
人はリアルで体験するエンタメに、心を揺さぶられる。
心が動くのは、リアルの空気があるから
ステージの照明の熱。
会場のざわめき。
演者の息づかい。
衣装が光を受けて動く瞬間。
あの空気感は、バーチャルでは完全には再現できない。
癒されたり、高揚したり、涙が出たり。
そういう“心の揺れ”は、リアルだからこそ起きる。
だから思う。
リアルは、不可欠。
そのリアルを支えるのが、衣装という存在
ステージに立つ人が輝くために、
衣装はただの飾りじゃなくて“リアルを支える道具”になる。
動きやすさ、光の反射、シルエット、素材の温度。
全部がその人のパフォーマンスに影響する。
衣装が変わると、
その人の気持ちも変わる。
立ち姿も変わる。
表現の幅も変わる。
だから衣装づくりは、
エンタメの裏側でリアルを支える大事な仕事なんだと思う。
技術を進化させて、後世に残すという意識
バーチャルが進化しても、
リアルの衣装づくりはなくならない。
むしろ、
リアルの価値が見直されるほど、
衣装の存在意義は大きくなる。
だからこそ最近、
技術を進化させて後世に残すこと
を意識し始めた。
作るという行為そのものを、
もう一度ちゃんと評価したい。
誰かの人生の一瞬を支える衣装を、
これからも作り続けたい。
僕と繋がりませんか?
エンタメの世界って、どんどん進化している。バーチャル空間でもライブができるし、空想世界の芸能や芸術が、スマホひとつで楽しめる時代になった。 正直、すごい時代だと思う。距離も時間も関係なく、誰でもアクセスできる。エンタメが“身近になった”という意味では、本当に革命的。 でも、それでもやっぱり思う。 人はリアルで体験するエンタメに、心を揺さぶられる。 心が動くのは、リアルの空気があるから ステージの照明の熱。会場のざわめき。演者の息づかい。衣装が光を受けて動く瞬間。 あの空気感は、バーチャルでは完全には再現できない。癒されたり、高揚したり、涙が出たり。そういう“心の揺れ”は、リアルだからこそ起きる。 だから思う。 リアルは、不可欠。 そのリアルを支えるのが、衣装という存在 ステージに立つ人が輝くために、衣装はただの飾りじゃなくて“リアルを支える道具”になる。 動きやすさ、光の反射、シルエット、素材の温度。全部がその人のパフォーマンスに影響する。 衣装が変わると、その人の気持ちも変わる。立ち姿も変わる。表現の幅も変わる。 だから衣装づくりは、エンタメの裏側でリアルを支える大事な仕事なんだと思う。 技術を進化させて、後世に残すという意識 バーチャルが進化しても、リアルの衣装づくりはなくならない。 むしろ、リアルの価値が見直されるほど、衣装の存在意義は大きくなる。 だからこそ最近、技術を進化させて後世に残すことを意識し始めた。 作るという行為そのものを、もう一度ちゃんと評価したい。 誰かの人生の一瞬を支える衣装を、これからも作り続けたい。 僕と繋がりませんか?
Threadsでもゆるくつぶやいています。よかったら、つながりませんか? Threadsのプロフィールを見る Follow me! @defhiro_stf
今日は、2年前に制作したコスチュームについて書いてみようと思う。 先日、新しい衣装のご相談でお宅に伺った際、 この衣装を久しぶりに見せてもらった。 なんだか、お母さんの娘さんへのフィギュアスケートの思いが伝わってきて、 改めて感銘を受けた。 あの時は、スケジュールがギリギリだった この衣装のご相談をいただいたのは、 とてもタイトなスケジュールの中だった。 「間に合うか?間に合わないか?」 そんなドタバタの記憶が今でも残っている。 生地もWEBで取り寄せたけれど、 北海道の冬は物流が天候に左右されやすい。 しかも、当時は記録的な大雪。 生地が届く日をソワソワしながら待っていた。 なんとか完成。そして全国大会へ 無事に生地が届いて、なんとか完成。 納品した時は、正直ホッとした。 その衣装で、彼女は北海道大会を勝ち抜き、 全国大会へと進んだそうだ。 あの時は納品がギリギリすぎて、 写真に収める余裕もなかったけれど、 今回こうして写真に残せて本当に良かった。 衣装は、記憶になる 彼女はもう成長して、このサイズはきっと着られない。 でも、親御さんの記憶には鮮明に残っていると思う。 衣装って、ただの布じゃなくて、 その時の努力や思い出が染み込んでいるものなんだなと、 改めて感じた。 ものづくりは、記憶づくりでもある こうして過去の衣装に再会すると、 「作ってよかったな」と思える。 ドタバタだったけど、 その中にちゃんと意味があった。 今日もまた、誰かの記憶に残るものを作れるように、 ひとり社長なりに、ゆるくがんばっていこうと思う。 終わりに ここまで読んでいただきありがとうございます。 このブログを読んで「もっと話してみたい」「相談してみたい」と思ってくれた方へ。 僕の会社では、衣装制作、ファッション診断を軸に、広告などの現場に寄り添った取り組みをしています。 また、アラフィフ世代のライフスタイルや、マラソンを軸にしたファッション提案も始めています。 ご興味に合わせて、以下のLINEからお気軽にご連絡ください。 ご
今日は、美しい服を着るメリットについて考えてみたい。 衣装を作る職人として、このテーマは避けて通れないと思っている。 感覚だけで仕事をしても、依頼者に本当の納得や感動は届けられない。 だからこそ、言葉に落とし込むことが大事だと最近は強く思う。 この服飾の世界で生きてきた人生を、 ちゃんと言葉で伝えられないと、 「この人に依頼して大丈夫なのか?」 そう思われても仕方がない。 今の時代は、本物か嘘か、リアルかバーチャルか、 境界が曖昧になっている。 フェイクニュース、メタバース、AI…。 僕自身も新しい世界に興味をそそられる一人だし、 メタバースの服をデザインできたら面白いなとも思う。 でも、それはまだ先の話かもしれない。 もしかしたら、その世界を本格的に生きるのは息子の世代なのかもしれない。 今のところ、僕は“リアル”の世界に価値を感じている 今のところ、僕は“リアル”の世界に価値を感じている 選択肢が多い時代だからこそ、 「どっちの世界が自分にしっくりくるのか」 そこを見極める必要がある。 今の僕は、やっぱりリアルの世界に貴重性を感じている。 だから衣装作りの話に戻るけれど、 綺麗な衣装や美しい服を着ることは、 このリアルの世界で人間の欲を満たしているのか? そんなことを考える。 食欲、性欲、睡眠欲… 生きるために必要な欲求はいくつかあるけれど、 その中に「美しくありたい」という欲求は入っていない。 でも確実に、 “気分を上げる”という欲求は存在している。 美しい服は「感覚的欲求」を満たす 人間には、 この二つがある。 そして今の成熟社会では、 “もの消費”より“こと消費”が強くなってきている。 先日書いた古着のブログでも触れたけれど、 欲求が多様化している時代では、 「何を買うか」より 「どんな気分になれるか」 「どんな体験が得られるか」 そこが価値になっている。 美しい服を着ることは、 まさにこの“