不要不急の典型はアート

コロナ以降の日本も世界も、ニュースで見るにたくさんのお金が発行されてますよね。

庶民の僕らにとっては、生活費の補填にまわっていくほかない感だけれど、

これだけお金であふれてきて、

革新的なことに投資がおこなわれてくようでもなさそうですよね。

明治維新は、異国の異なる文明に侵略される危機感が後押しされおこったわけでしょ。

現代の世界の危機といえば、環境問題。

あまり切実に捉えられていない感もあるのだけれど、

ここ最近では、もう一つ

AI(人口知能)のほうにより危機感を持ってるのではないです?

「仕事が、うばわれていく。」「ITリテラシーがないと色々手続きに窓口の人いないのは心配」など。

でも、この環境問題をクリアするにはAIは必要不可欠。

過剰生産を避けるため、最近ではアパレル界でもAIが気候の変動や顧客のか奪い動向のデータを集計し適量の生産数など、AIを導入するアパレルも。

従来のMDの仕事をAIがとってかわる感じですね。

必要数を計算することは、環境にも優しいにつながるでしょう。

なので、人口知能は今後人類には不可欠。

核問題

環境の次に問題になるのは、核問題。

そもそも、核のコントロールを一人の人間に任せて良いのか。

金正恩、ドナルド・トランプがボタンを勝手に押して良いのか。

AIが、今ボタンを押して良いのかダメなのか、どちらが合理的なのか計算して

「やっぱり、押さない。」となる方にしたほうが未だマシかな。

そもそも、

地球が滅ぶんだから非合理。

ぼくが思うに、AIの役割はすごく大事になってきていて、

もうAI化以外に進む道はないと思う。

撲滅するのが得策なんだろうけど、人の判断に任せるより、

そのほうが、個人的には良いと思う。

宗教無き世界

AIの発達は、ますます加速していますけど、

科学のコントロールの世界において道徳の役割も見直されるべきと思う。

宗教なき道徳です。

宗教の役割は終焉を迎えてきていると思うけど、

依然として僕も含め、宗教的な慣習に従っている。

誰も、神はいないって薄々感じてるのに、神社にお参り行くとか。

だけど、科学は世界共通の文明だけど

文明を制御するのは文化である道徳。

そうすると、社会がより合理的に進行するのであれば、アートは逆方向に行かざるをえない。

アートは社会の逆方向に

社会が合理的に進むに反して、

アートの位置は、

より豊潤、非合理なものが喜ばれるかも知れない。

工業製品は、今よりより合理性、実用性の追求に向かってくでしょう。

逆にアートの正反対の実用性のない非合理なものにへと向かってく気がします。

コロナ以降、「不要不急」の言葉をよく聞きますよね。

この不要不急の典型がアートだと思うんです。

非合理で豊潤な嗜好品こそが高価格を実現できるから。

実用的な生活必需品の世界に入ってしまっては、価格破壊、価格競争に巻き込まれてしまう。

でも、そんな高価格を目指す方向性について、このコロナショックで急ブレーキがかかってしまった。

この先の予想はつきませんが、

「実用性のないアート」

この流れは止まらないように思います。

人とはちょっと違うのがカッコよかった

「人とはちょっと違うのが、かっこいい。」

そうですね。

音楽の服の情報もそんな簡単には地方には入ってこない時代でした。

今も北海道札幌市に暮らしていますが、

当時、「東京発」「ロンドン発」「ニューヨーク発」

こんなキャッチフレーズには、変に魔力がありましたからね。

セレクトショップで接客を受けているときなんか、

「ロンドン発のブランドで、日本入荷は希少数なんで。。。。」

高校性時分の当時は、帰りの電車賃さえ残っていれば的な

「ロンドン」

この響きだけで、絶対におしゃれであるに違いないと購入したりしてました。

その商品が欠陥品ではないのは間違えないのですけれど、

そのタグを見て本当にそのブランドがロンドンに存在するのかも確認する術もないので、

帰って自分の今手持ちのアイテムにどう合わせるのか想像しながら電車に揺られて帰ったものでした。

情報が自由に扱える今では想像するという点においては当時の人間と今の人間では、まるで違うものなのでないのでしょうか?と、昨日、音楽を聴いていておもったこと。

こんなNOTEを書いてみました。

30代、40代、50代、おしゃれの世代間ギャップ

世代別のファッション意識の違いとは?

婦人服のお客様の年齢層によるギャップ、意識が世代別であるのを感じます。

こう書いている私自身40代なんですが。

婦人服作りをしてきて、男の目線で俯瞰的に見て感じることがあります。

恐らくですけど、この世代別の意識の違いは、ファッション価値観が作られてく、彼女たちの10代後半から20代前半の社会背景が、大きく影響しているのでは無いかと。推測します。

50代以上の女性は、実は最もおしゃれ好き?!

現在50代以上の女性は、女性の社会進出が本格的になり、ファッションより自由な表現が可能になってきた時代に青春時代を過ごしています。

当時流行したのは、「コム•デ•ギャルソン」

黒ずくめのアシメトリーなコーディネートや、ハウスマヌカン(ブティック店員)たちのうなじを刈り上げたヘアスタイルなどに代表される、既成概念を打ち破るような個性的なファッション。

海外のハイブランドだけでは無く、様々な日本初のDCブランドが台頭し、社会的にも経済成長が続いたため、街ではファッションにこだわる女性が数多く見られたと言われます。

彼女たちが30代、40代になる頃、子供がいてもおしゃれを楽しみ

「読者モデル」としてファッション誌に出る。と言った動きも。

私事ですが、弊社のオーダーのお客さんの半分はこの世代です。

50代となった今、

更に大人女性のおしゃれをパワフルに追求していますね。現在進行形です。

「美魔女」なる由縁もこの世代からでないでしょうか。

バブル崩壊も経験してファッションも激変?!40代

そして、私自身もそうです。40代。

私自身は、40代前半になるので少しズレてますが、40代後半ですと、

バブル全盛期で、ピタッとしたミニスカートのスーツ、当時を象徴する「ボディコン」ですね。

90年代に入りバブルは崩壊がおこります。

急な景気の冷え込みから、ゴージャスなファッションは身をひそめ、ロンドンのストリートを思わせる「裏原系」ファッションや、

「金ボタンのダブルの紺色のブレーザー+白シャツ+デニム」の渋カジなどのカジュアルな服装にシフトしてきました。

当時、中学生だった私ですが、ファッションに興味を持ち始め、通っていた塾の先生がこんな感じのファッションで、「かっこいいなぁ」と憧れたものでした。

この世代の特徴は、急な流行の変化では無いでしょうか?

途中、古着ブームにも重なってきます。

ゴージャスでドレッシー→カジュアルでストリートな

故に、流行の変化を柔軟に受け入れる「着こなし力」は高い世代では無いでしょうか。

30代女性のファッションは、意外とコンサバ

バブル崩壊後、長い平成不況を過ごしてきた現在の30代は、「ミレニアル世代」と言われてます。

「自転車を持ちたいと思わない。」

「洋服はユニクロで全てオッケー」

など、悪く言うと質素。良く言うと地に足のついたライフスタイルの多い多い世代と言われてます。

現在の30代向けのファッション雑誌を見ると、シンプルで上質はハイブランドの着こなしの提案や、ファストファッションの特集などが見られます。

ファストファッションから連想させるに家族の背景がみられます。

家族を、大切にしつつ暮らす、とてもコンサバなライフスタイルや価値観が浮かんできます。

一方、「一生女の子」みたいなガーリー志向、モードなハイブランド路線など、多様な価値観を大切にする傾向も見られるミレニアル世代です。

#kutoo運動に象徴されるように、おしゃれのために痛みや寒さをも我慢する!という感覚はあまりなく、着心地や機能性を重視する30代以下の若い世代の特徴では無いでしょうか

ポイント

  • 今の50代にはパワフルで熱量の高い女性が多い
  • 今の40代はバブル崩壊から不況の過渡期に生き、柔軟性のある着こなしが得意
  • 今の30代は地に足のついたファッションをマイペースに楽しんでいる

こう分析して見るとファッションと社会情勢は密接に影響があるんですね。

どれか良い悪いとかでなく、世代別の良いところを取り込む気持ちで、ファッションを楽しんでみたら良いですね。

猫耳帽子にまつわる衣装

恒例の、某セレブ保育園の発表会衣装です。

「101匹の猫」

せっかくななのでね。

猫帽子の作り方レクチャーしちゃっても良いでしょうか?

コロナ禍で、マスク縫いでミシン作業の腕が上がってる方いませんか?

小さな子供はこんな帽子で外遊びに出かけてもアリではないでしょうかね?

いや、

ほんと自分も今子育て現在進行形ですけど、

こんなの被ってくれる時期なんて一瞬ですよ。

奇跡の期間って言っても過言ではない。

型紙付きの説明noteなので、チャレンジしてみて下さい。

俯瞰で自分を見る

職人出身経営者あるあるです。

自分に向かっても勿論いえることです。

職人の仕事だけでは人生終わらせるには勿体ないと思う気もあるので、

自分でできることなら、イベントやショップのマネージメントなどもやらせてもらえるようになってきた。

だけど、この現在のコロナ禍の中で新参者の自分の会社では、どちらかというと元々の職人向きの仕事。

自分の会社では縫製に関わる仕事のほうが比較的にこなしやすい。

で、そんなときに

こんな刺激的なYouTubeを見てしまった。

https://youtu.be/KTZvz1Tdh0E

見て数日は、職人モード全開でした。

「次の出店のアイテムをどう作る?」

「こんな技法で。。。。」

昨日、製作仕事からちょっと離れて経理をちょっとしていた時に、まずいことに気づかされた。

これ、ほんと大事なこと。

「社会に活かされているから、自分がある。」

このYouTube、洋服作りしている人、アパレル関係者、それ以外でもクリエーターの仕事をしている方たちには、

川久保さん自らの言葉は、とても刺激的であったに違いないでしょうね。

僕も同じです。

ですが、僕の個人的な意見です。

そもそも、

「彼女と自分では、社会的な立場が全く違う。」

人にはそれぞれに社会的立場、役割があると思います。

モノを作るということを否定するわけでは無いです。

川久保さんの作るものは、単純に洋服だけではないと思っています。

コムデギャルソン

という、存在を社会にどう活かすのかをその時代時代で明確にしてこられていると思います。

自分はと言うと、川久保さんに限らず世界で活躍するデザイナーやクリエイターのニュースなどを見て、刺激され、

「自分の作るものを、もっとクオリティー高くしよう。」

などと、考えてしまうわけです。

ですが、いったん立ち止まって考えると、それはこの社会でどう活かされてく?

そこまで考えていかないと、趣味、自己満足に過ぎないです。

国内では、アパレル品が余っていると聞きます。

ですが、社会に活かされる製品はいつの時代にも必要とされます。

それがたとえ未完成で未熟なものであっても。

社会があって自分がある自分の仕事がある。

社会との向き合い方で、自分を活かすも殺すも自分次第ですね。