人は悲観的なことが好き

コロナウィルスの解決の出口が中々見えてこないままですけど。個人的な考えではありますけど。というか、マスメディアの報道がストレスに感じてしまう日も少なからずあるのですけど、この問題に対しての報道。

感染者数は毎日、どの時間にも報道されますよね。不安を煽るように。

「今日の感染者数は〇〇〇人」

確かに警戒は緩めてはいけないので、悪いことではないと思いますが、正常に判断をする上ではちょっと情報量が足りない気しません?

感染者数は日々更新され、僕らはその中身を知ることが今となっては重要なんでないでしょうかね。

うち、重傷者は〇〇人、軽傷者は〇〇人。

科学的にこのウィルスは高齢者にダメージを強く与えるということなんで、感染者数のうち高齢者の締める割合は〇〇%などとね。

ただ最近は若年層の感染が増えつつあるとの報道も聞きます。

若年層と我々中年層が、どうにか経済をまわしてかなくてはならない空気感のこの頃ですが。

人間の命を守ることは当然大事なことではあります。

僕個人の考えとしては、経済はどうにか動かしていかなければならないと考える派です。

マスク着用だとか手を洗うとか、ソーシャルディスタンスとか新しい社会のルールができて混乱する部分も少なからずありますけど、小さな会社の小さな仕事かもしれませんが、お客とのコミュニティは、守ってきたいと考える派です。

過度に自粛するのではだめ。

盲目的に自粛していくのでは、もうすでに仕事の消滅を意味するでしょう。

なのでここで重要なのは、感染者数の数ではなくその中身ですよね。このごろはようやく中身のデータもマスメディアでも報道されるようになりつつありますけど。

少し前は、単に「感染者数は増えているので皆さま自粛して、ステイホームしてください。」

マスメディアはどこもこのような報道一辺倒でしたよね。

なぜ、こういった報道一辺倒なのかはマスメディアが悪いと思うかも知れませんよね。

ですが、本当に悪いのは人々の意識。

人間って悲観論が好きなんですね。

違和感あるように聞こえますが、これは本能なんですね。

ちょっと悲観的に捉えていかないと、これからの人生生きていくのに、あんまり楽観的だとすぐ死んでしまいそうじゃないですか。

この先になんか落とし穴があるかも?ってくらいの意識で生きてた方が長く生きてけそうじゃないです?

落とし穴に落ちにくい的な。

なので悲観的になることは本能。

悲観的な情報を持っていると、もしもの時の備えをするのにはなんか人より先に行ける気がしないでもない。

まさに本能で、新聞の見出し週刊誌の見出しメディアなるもの様々なものにコロナの報道に限らずそんな見出しを見ると、とりあえず読みたくなるものなんです。

またコロナウィルスの話ですけど、重傷者の数も減りつつあり高齢者の感染も減りつつなどの情報は、そう迂闊に報道はしにくいでうよね。

しようものなら、自粛警察なる者たちから逮捕ではないですけど誹謗中傷されるにちがいない。

なのでTVなどでは、少し悲観強めな情報を出しておくことが無難になってしまうんですね。

ただ無症状の若者が割と多いとか報道してしまうリスクはありますよね。

若者が、感染リスクの高い高齢者に移してしまうとか。

なので、ここまできたら堂々巡りになってしまうんです。

僕個人の意見なんで、納得できない人もいると思いますけど、

経済は動かしていかなくてはならない。

ルールが変わったことは早くに受け入れていかなくてはならない。

昔は、こうだったのに。。。とか言っている場合ではないですよね。

今、与えられていることで楽観すぎるのは先ほどもお話したように、先の予想不可能な落とし穴に落ちるかも知れないので、少しは悲観的なこともかんがえつつ。

悲観的なのは本能、でも楽観的なこともバランスをとるうえで重要。

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