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Defcom, ポンコツ一人社長の日記, 衣装作成

一人社長のゆるつぶやき(朝ランと無我と仕事の話)

朝ランニングに出たら、めちゃくちゃ寒かった。   でもそのおかげで頭がスッキリして、急にいろんなことが降ってくる日ってあるよね。   今日はまさにそんな日だった。 昨夜、昔からのお客さんが来店した。   僕にとっては、今の衣装制作の仕事を始めるきっかけになった大切な人のひとり。 とても活動的で、いろんな習い事をされていて、   仕事もバリバリこなして、子育てもしてきた立派な女性。   そんな方の話をたくさん聞かせてもらった。 で、今朝ランニングしているときにふわっと頭をよぎった。 「あ、僕は気づいてなかったことがあるな」 と。 自己実現だけで仕事をしていたかもしれない 僕はずっと、   考えて、試して、修正して、失敗して、また考えて…   そんな“自己目標”で仕事をしてきた気がする。 クリエイターって厄介で、   どうしても自分の哲学とか価値観が中心にある。   アラフィフになってようやく「哲学ってなんだ?」と考えるようになって、   本を読んだり音読したりして、   少しずつ輪郭が見えてきたような気もする。 中心には常に“自分”がいる。   これは間違いない。 「自分に厳しく」って言葉もあるけど、   結局は“自己実現のために自分を律している”ってことなんだと思う。 でも、お客さんの動機はまったく違う コロナが明けて、発表会やイベントが戻ってきて、   昔衣装を作らせてもらった方から再び相談が来るようになった。 その中で、薄々気づいていたけど、   ちゃんと自覚できていなかったことがある。 僕は「自分の目標をこなせば、誰かの欲求も満たせるはず」と思い込んでいた。 完全に勘違いだった。   痛いおじさん一人社長だよね。 でも実際は違う。 お客さんは、   「自分の欲求を叶える手助けをしてほしい」   そのために来てくれている。 できないことを、できる人に相談しに来る。   それがビジネス。 今朝ふわっと降ってきた答え お客さんたちの欲求を満たすための手助けを求めている人たちを、   もっとたくさん集めること。 そして、   たくさんの“言葉にならない欲求”を

photo of multicolored abstract painting
Defcom, ポンコツ一人社長の日記

一人社長ゆるつぶやき(幸せと自由について)

幸せってなんだろう。ふとそんなことを考えてみた。 僕なりに出てきた答えは「自由度」なのかなって。 例えば、時間の自由。長期休暇が取れたとして、「明日は何をしようかな」って考える余白がある時間。それってすごく贅沢だよね。 それから、経済的な自由。欲しいものが買える自由もそうだけど、物じゃなくて“素敵な時間”を買えるっていう自由。これも経済的な余裕があってこそだと思う。 自由に生きるって、こうやって細かく言葉にしていくと、「今の自分に何が足りないのか」少しずつ見えてくる気がする。 人生これまでやってきたことを振り返って、必要なら修正していく。その繰り返しなんだよな。 結局、自分だけの自分デザインの人生を歩みたい。これが本音なんだと思う。 人と比べてもキリがないし、比べたところで自分の人生が豊かになるわけでもない。 だから今日も、自分のペースで、自分の人生をデザインしていく。

man leaning on a horse
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一人社長ゆるつぶやき(4日目)

4日目。   明日から、ぼちぼち本格的に動いていく。   社会も暦の上では普通の月曜だし、みんなもそろそろエンジンかけ始める頃だろう。 今日は、僕が「1人社長をもう少し続けてもいいな」と思わせてくれる記事を読んだ。   これ。 「タイパ」を追う人ほど、キャリアで損をする。   https://npx.me/s/01ircdzp この記事の中でAIについて触れている部分があって、そこにすごく共感した。 僕は人件費を払って大きなチームを動かしているわけじゃない。   でも、AIを最大限に活用した経営って、ぼんやりだけど“いいな”と思っていて、   だから毎日なんらかの質問をぶつけてみたりする。 全くだと思うけど、忖度ない答えを出してくる。 まぁ、そう思うように受け止めている。 ただ、手元ではアナログな手作業で衣装を作るという、   なんとも独特な仕事をしているわけで。 デジタルとアナログの両極端みたいな働き方をしているけど、   この時間を繰り返すことで、   いつか未来に何か見えてくるんじゃないかと期待している。 だから毎日、こうして言語化を繰り返している。

multicolored abstract painting
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一人社長のゆるつぶやき(挑戦について)

昨日も書いたけど、平均的な仕事をしていて、それがどれだけ自分の満足につながるんだろう。   毎日やるべき仕事はもちろん必要だし、むしろ積極的に見つけて取り組むべきだと思う。 でも、その日常に慣れて「とりあえずこなせてる自分」でいたら、成長なんてしないよなと。 これは賛否あるだろうけど、   挑戦こそが未来の自分を守る最大のディフェンス   だと本気で思ってる。 ついつい他人や友人の成功を見て、   「いいなぁ」とか   「あいつは◯◯だから挑戦しやすいんだよ」   なんて評論してしまうこともあるけど、あれは本当に愚かだ。愚の骨頂。 今できないことが、未来の自分に突然できるようになるわけがない。   だから、今からやるしかない。 失敗は経験。   経験がないということは、次の選択肢を持つ技がないということ。 だから今日も自分に問う。 日々の慣れた仕事で満足していないか。   人から与えられる仕事だけで満足していないか。 そして最後に、こう問いかける。 今日、お前は未来の自分を守るためにどんな挑戦をしたんだい。

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一人社長のゆるつぶやき(新年2日目)

新年を迎えて2日目。   息子と風呂につかりながら、ふと頭に浮かんだことを言語化してみる。 誰のためでもなく、自分のために言葉にすること。   その大切さに、ようやく去年あたりから気づきはじめた。 「売れそう」とか「今なら需要あるかも」とか、   経営者目線で考えるのは確かに必要だ。   でも、自分はそこまで“経営者らしい経営者”ではないのも事実。 他の人と同じことをしていたら、   結局は消耗戦になって疲れ果てるだけだ。 本音を言えば、   アート寄りのデザインやビジネスに関わって、   人を満足させたい。   そこに自分の喜びがある。 じゃあ、何から始めればいいのか。 資金は潤沢じゃないし、   生活のためにも会社を維持するためにも、   日銭を稼がないといけない。 日銭の仕事と、ビジョンにつながる仕事。   この両方を同時にやるのって、   アクセルとブレーキを同時に踏んでるような感覚になる。 でもさ、   他の会社や他の人と似たようなことをしていて、   その先に本当に未来はあるんだろうか。 自分の未来をつくるのは、   やっぱり“自分にしかできないこと”を磨くことなんだろうなと、   湯気の中でぼんやり思った新年2日目の夜。 じゃあ、自分はどうしたいのか。   どう生きたいのか。   ここを曖昧にしたまま走っても、結局どこかで息切れする。 日銭の仕事は大事だし、生活の基盤でもある。   でも、それだけを追い続けていたら、   「自分じゃなくてもいい仕事」ばかりが積み上がっていく。 それは、僕が望んでいる未来じゃない。 じゃあ逆に、ビジョンだけを追いかけて、   収入のことを無視して突っ走るのも現実的じゃない。   家族もいるし、会社もあるし、責任もある。 この“二つの車輪”をどう回すか。   ここが、ひとり社長の永遠のテーマなんだと思う。 でも最近、少しだけ見えてきたことがある。 「日銭の仕事」と「ビジョンの仕事」は別物じゃなくて、   つなげ方を工夫すれば同じ道に乗せられるんじゃないか。 例えば、   日銭

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一人社長のゆる年始のつぶやき

毎年のお約束だが、年始につぶやいてる? 「今年は。。。」なんだよね。大きな変化もちろん良い方向での変化を望むのは皆同じなんだよね。 ただね、毎年同じように欲望だけ持っても変化につながらないのは、毎年の行動にそんな変わりないからなんでは? 僕は今年で50歳を迎えますよ。そんな年の初めだからいつもの元旦とは違う行動から始めてみることにした。 まずは、4:30起きしてみたよ。 そしてこのブログを書き始めています。 今日から2026年が始まるね。   今年は、とにかく忙しくしたい。   ネガティブなことを考えて怯えてる暇なんてないくらい、   仕事がどんどん入ってくる一年にしたい。 そのためには、自分の持っているスキルで   お客さんや社会の欲求をどう満たせるか。   ここをちゃんと見極めることが大事だと思う。 「自分はこれができるから、欲しい人は集まってくるはず」   …なんて、戦略もなく待ってるだけじゃ現実は変わらない。   去年までの自分がまさにそうだった。 だから今年は、   去年の“よくなかった思考”や“潜在意識のクセ”を改革して、   仕事を頼みたくなる人になることを徹底していく。 そしてもう一つ大事なこと 社会のニーズを察知すること。   これが本当に大事だと最近しみじみ思う。 「自分はこれができる」   この視点だけで突っ走るのは危ない。 ちゃんと   “社会が今なにを求めているのか”   と照らし合わせる作業が必要なんだよね。 売れてる人、仕事を頼まれるアーティスト、   個人事業で食べてるクリエイターたちも、   みんなこの“すり合わせ”をやってる。 アート寄りの製品やサービスだって同じで、   戦略もなく「好きだから作る」だけで進むのは、   正直ギャンブルに近い。 自分のスキル × 社会のニーズ   この掛け算ができて、はじめて仕事になる。 2026年はここを徹底していく 今の自分の状況は、過去の自分の行動の積み重ね。   だったら、これから未来を良くする行動を積み重ねていけば、   違う未来が訪れるはず。 自分の持ってるスキル、人脈、環境。 &nbs

clenched fist in black and white
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ブログを書く意味を考える日にしよう

今日は、あらためて「ブログを書く意味」を考える日にしようと思った。 自分を知ってもらうため。 自分の仕事を欲しいと思う人に見つけてもらうため。 まずはそんな理由が浮かんだ。 でも、他の人はどんな理由でブログを書きはじめているのだろう。 承認欲求かもしれないし、記録かもしれないし、誰かの役に立ちたいという気持ちかもしれない。 僕自身は、何度もブログを書いてはやめて、また書いてはやめて…その繰り返しだった。 病院の待合室で気づいたこと 最近、長い時間を病院の待合室で過ごす日があった。 ふと周りを見渡すと、老若男女ほとんど全員がスマホの画面を見ていた。 何を見ているのかはわからない。 でも、少なくとも「何かを検索する」という行為は、誰もが日常的にしているはずだ。 その光景を見たとき、「ブログを書いてはやめていた自分の習慣、そろそろ改善すべきだ」と感じた。 ブログにも、ちゃんと“ニーズ”がある。 誰かが検索したとき、 誰かが困ったとき、 誰かが何かを知りたいと思ったとき、 そこに自分の言葉が届く可能性がある。 ブログは「誰かの検索に引っかかる自分」になる行為 ブログを書くということは、 インターネットの広い世界に「自分の声」を置いておくことだ。 それは、・自分の考えを整理する行為であり・未来の誰かに向けてメッセージを残す行為であり・自分の存在を“検索可能”にする行為でもある SNSのように流れて消えるものではなく、 ブログは積み重なっていく。 だからこそ、やめてしまうのはもったいない。 僕がブログを書く理由は、もっと増えていい 最初は「自分を知ってもらうため」だった。 でも今は、もう少し違う意味も見えてきた。 ブログを書くことは、 自分の考えを言葉にして、誰かの余白に届けるアート なのかもしれない。 言葉だけで世界を立ち上げる文学のように、 読む人の頭の中にそれぞれ違う景色が生まれる。 そんな表現ができる場所が、ブログだ。誰かの余白について前回ブログにまとめてみました。良ければ読んでみて下さい。 ぼくの仕事に興味あるかたはどうぞ 僕の、実際の仕事はとてもアナログです。 衣装づくりという、人間的な欠如や不完全さを抱えた営みの中で、 「人が作るものに何が魅力を持たせられるか」 を考えるのが好きなんです。 もし、衣装づくりや“人の手で生まれる表現”に興味があれば、ぜひこちらでつ

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【脱・90年代ブーム】成熟社会が古着に求める新しい価値観とフューチャーされるビジネスの方向性

先日、成熟社会のビジネスについての気づきについて書いていた。今回は続編というか、 自分の考えの整理でもある。我々アラフィフが最近は街で「古着屋」の店舗をよく目にするようになったのは、当時90年台の古着ブームを知る上で、 なんか懐かしいなとか。そう思えるようでもあるが、実は内容は少し違っている。 先日の記事はこちら 古着ブームの再燃が示す、時代の転換点 最近は、ファッション業界では古着(セカンドハンド)市場の成長が顕著です。 単なる「トレンド」として片付けられがちですが、この現象を成熟した市場・社会構造の変化」から 生まれる、必然的な消費行動として捉えるべきだと思う。 特に、90年代に巻き起こった古着ブームを知る僕らにとって、現在の注目が当時と「似て非なるもの」であることに気づくはずです。 本記事では、90年代の古着ブームとの比較を通して、成熟社会が真に求める新しい価値観を紐解き、未来のビジネスの方向性を探ります。 90年代ブーム vs. 現代の注目:消費動機の決定的な違い 90年代は、「本物(ヴィンテージ)」への熱狂と、それを見極めるマニアックな知識、そして財力が必要な側面が強くありました。 僕の経験では、札幌の某有名古着店のとても高い位置に値札ではなく「ASK」というラベルのついたリーバイスを思い出します。 触らせてもらう勇気もない小僧でしたので、当時はそのお店に行くたびに下から見上げて憧れるものでしたよね。 しかし、現代の古着の注目は、「誰でも手軽に」、かつ「倫理的に」ファッションを楽しむためのツールへと変質しています。 項目 1990年代の古着ブーム 現在の古着の注目(2020年代) 主な動機 憧れ、希少性、マニアックな知識 個性、倫理性(サステナビリティ)、流動性 重視された価値 ヴィンテージ(古い=価値)、高価格帯 サステナビリティ、ストーリー、価格の合理性 市場への態度 投機的・専門的 循環的・ライフスタイル化 成熟社会が古着に求める3つの新しい価値 現代の消費者が古着を選ぶ背後には、「モノの不足」が解消された成熟社会特有の、新しい欲求と合理性があります。 倫理的価値の追求と「罪悪感のない消費」 現代の消費者は、ファッション産業が環境に与える負荷を認識しています。古着を選ぶことは、新たな資源を消費せず、既存の寿命を延ばす「倫理的な解決策」です。 これは

man wearing white long sleeves in the restaurant
Defcom, ポンコツ一人社長の日記

成熟社会でフューチャーされる活動・ビジネスの方向性

成長社会が「不足・不満・不便の解消」のためにモノを大量生産・大量消費する時代だったのに対し、 成熟社会では人々の価値観が 「物質的な豊かさ」から「精神的な豊かさ」 へと転換しています。 この変化は、ビジネスと人間の活動の両方に大きな影響を与えています。 「モノ」から「価値・体験・プロセス」への転換 社会課題の解決型ビジネス 人間の主体的活動と「余白」の重要性 欧米の成熟社会の動向 欧米の成熟社会の実例 サステナブルファッション:レンタルやリセール(再販売)、アップサイクルが一般化し、循環型で楽しむことが社会的に評価されている。 エシカル消費:消費者が「自分の選択が社会や環境にどう影響するか」を強く意識。フェアトレードや環境負荷の少ない商品を選ぶことが当たり前になっています ギグエコノミーと柔軟な働き方:欧米ではフリーランスや副業が定着し、個人のスキルを活かす働き方を支援するプラットフォームが発展しています 日本の身近な成熟社会の実例 ブランド・コミュニティ:日本でも「モノを買う」より「そのブランドを通じて人とつながる」ことが価値になってきています。例えばアウトドアブランドのファンコミュニティや、古着リメイクの愛好者グループ。 地域の余白を活かす活動:練馬区など自治体の総合計画では「量から質へ」の転換を掲げ、地域の祭りやボランティア活動が成熟社会の象徴として位置づけられています。 課題克服先進国としての日本:高齢化や人口減少を抱えながらも、介護・子育て支援や教育リスキリングなどの分野で新しいモデルを模索しています。 終わりに ここまで読んでいただきありがとうございます。 かつての「モノを創造する楽しさ」を知っているからこそ、これからは「価値や関係性を創造する楽しさ」に目を向けてみたい。 「選ばれる理由」は、製品のスペックではなく、共感や参加したいという人間の根源的な欲求に結びついているのかもしれません。 コミュニティーに参加しませんか このテーマに共感してくださった方、もっと深く話してみたい方は、ぜひ僕のコミュニティへ。   公式LINEからつながっていただければ、日々の活動や考えを共有できます。 お友達LINE

selective focus photo of man wearing black turtleneck top with jacket on road
Defcom, ファッション診断企画, 40代メンズファッション

アラフィフになって考える「服を選ぶ意味」

師走ですね。今週は仕事スケジュール優先でランニングを我慢している僕。   昨夜、寝る前に今日着る服を用意して、今その服を着ています。   今日はちょっといつもと違う場所に行く予定があるから。 「TPOを考えて服を選ぶ」——よく耳にする言葉です。   たしかに、寝巻きで初対面の人に商談しても信用されない。   これさえ着ていれば間違いない、という服があれば僕らのような衣類に関わる人間の仕事は必要ないのかもしれません。 選ぶことが難しい時代 30代、40代は毎日がむしゃらに働き、子育てをして、服を選ぶ時間すら勿体ないと感じていた。   でもアラフィフを迎え、少し時間的な余裕ができた今。   「ちょっと良い感じのおじさんに見せる服を着てみようかな」と思うようになった。 ただ、そもそもどこで何を買って揃えたら良いのか。   選ぶこと自体がつまらなくなっている?面倒になっている時代に、どうやって自分らしい服を見つければいいのか。 そもそも、情報もありすぎて正解がわからないともいえる。 凝り固まってる自分の服装に対してのルールがあったりしますよね。 ファッション診断・オーダー・リメイクという選択肢 そこで僕が提案したいのは、ファッション診断やオーダー、リメイクファッションという選択肢です。 服を選ぶことが難しい時代だからこそ、選ぶ意味を再構築するサービスが必要なのだと思います。 まとめ アラフィフになって、服を選ぶことの意味をもう一度問い直す。   無難で効率的な服も良いけれど、ちょっと良い感じのおじさんに見せる服を選ぶのもまた楽しい。   そのために、診断・オーダー・リメイクという方法で「選ぶ価値」を取り戻していきたい。 ご相談はこちらから 「自分に似合う服を知りたい」   「一点モノをオーダーしてみたい」   「愛着ある服をリメイクしたい」 そんな方は、ぜひ気軽につながってください。 LINEで相談する

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